批判:漫画「ワンパンマン」


漫画「ワンパンマン」に対しての批判を書いたこのツイート、その内容の一部を記事にしました。以下の駄長文を20文字以内で簡潔にまとめると、「メインキャラの成長と活躍を描くべきだ」です。


(1)脚本について

ワンパンマン」という作品はメインキャラクターの扱いが非常に酷いです。本当に悲しくて、泣けてきます。このメインキャラはどんな活躍をするのかと物語を読み進めても、全て雑な噛ませとして描写されます。

作者のONEさんは奇をてらうことに躍起になりすぎていると思います。作者はチート主人公を含めた、自己投影の化身である3人のキャラを持ち上げることに必死で、メインキャラの成長と活躍を放棄しています。メインキャラの性格を悪く描き、雑な噛ませにして、チート主人公に説教させれば、それで物語が成立すると考えているかのように感じられます。

少し話が逸れますが、
「漫画においてプロやアマチュアを問わず、戦争や災害の犠牲者をからかい茶化してはならない」
という手塚治虫さんの言葉があります。

その点から考えるとこの作品は、チート主人公が都市を消滅させた事を笑い事にしたり、ムカつく人間の家は壊れてしまえばいいと考え、さらに人質救出と怪物退治の為に命をかけて戦い噛ませにされた者達を「喧嘩」と馬鹿にして、そんな主人公が
「ヒーローをなめるな」「街を壊すな」「人との繋がりを甘く見すぎだ」
と説教をする、という崩壊した脚本と言えるでしょう。

話を戻します。無責任で怠けた態度のチート主人公では何をしようと感動が生まれない以上、メインキャラが成功していく場面を他の作品の何倍も描写しなくてはなりません。
しかしこの作品は彼らを噛ませにして、悪役とどうでもいいキャラを延々と描いています。悪役が強くなる過程や末端のキャラは丹念に描くのに、メインキャラの成長・活躍を大して描かず掘り下げません。
今後も何年もかけて、メインキャラが噛ませになる場面を描写するつもりなのでしょうか。「メインキャラを雑に扱う」という構造と、「人との繋がり」を重視するテーマ性が食い違っています。

作者はこの作品を
「ギャグかシリアスに分類する事は難しい」
という旨を言っていましたし、ギャグとシリアスのギャップを表現したい事はわかります。しかし現状では、「一生懸命戦うメインキャラをチート主人公が小馬鹿にする」という全く笑えない形になってしまっています。

また、もしこの作品が「少年漫画を馬鹿にした、しょうもない作品」として描かれているならば、「そういう作品」だから仕方がないと割り切り、私はこんな駄長文を描きません。しかし作者は
「過去の少年漫画を踏まえた上でより楽しめる作品として描きたい」
という旨も言っていました。それに沿って考えるなら、この作品の脚本は過去の少年漫画のレベルにすら達していないと思います。

さらに作者は
「チート主人公以外のキャラは王道少年漫画を意識している」
という旨を言っていたので、下に荒木飛呂彦さんの言葉を書きました。
「神様が助けに来てくれるとか、今まで負けていたのに急に最強の剣が現れて、それで相手を倒したりしないということです。」 「正義も悪党も、両方とも最高の力を持って、最高のコンディションで戦わせる。」 「キャラクターは必ず成長するように描く。壁にぶつかって一旦負ける事もやってはいけない。」

ワンパンマン」の脚本は「チート主人公を含めた一部のキャラ」がメインキャラの成長と活躍を邪魔しています。或いはメインキャラを噛ませにするため不自然なまでに無能に描き、最高の力で戦わせることができていません。そのためせっかく王道少年漫画を意識しても興ざめさせ、それでいて不快感がノイズになりギャグとしても笑えません。

さらに別の例え方をすれば、脚本が「噛ませの多重構造」のような状態に陥っています。すなわち全てのキャラは上のキャラに瞬殺され、最終的にチート主人公の踏み台になるためだけにしか存在していません。かつチート主人公は当然何の苦戦もしないので、それまでの過程が無意味に思えてしまいます。せっかくのメインキャラの戦闘描写が無駄に感じられます。彼らをいかに活躍させるかではなく、いかに負けさせるかという脚本になっています。彼らが必ず負けると明白にわかるような描き方をしており、多くの読者はその戦いに対して「早く終われよ」と言い出してしまっています。
更にそうして持ち上げられたチート主人公がする事は矛盾した説教であり、そのために痛ましい噛ませにされたキャラ達があまりに哀れです。このような理由からこの作品は読者から「ワンパターンマン」「ONE説教マン」と呼ばれています。

作者が『DB、HUNTER☓HUNTER、GANTZ』といったメインキャラがあっさり負ける様な作品に憧れている事はわかります。それらは「主人公を含めた全てのキャラが痛めつけられ、殺されかねない」という脚本です。『DB、GANTZ』は脇役だけでなく主人公も死にます。だからこそメインキャラが噛ませとして殺されることが読者にとっての所謂「絶望感」「緊張感」を高め、意味を持ちます。そして生き残ったメインキャラが強くなり、成長と活躍が描かれます。

ところがこの作品では、主人公はチートに守られ絶対に傷を負いません。さらにメインキャラは負けてボロ雑巾にされるも殺されず、次の話で噛ませとして再利用されます。
そのため彼らがひたすら無意味で不快な扱いを受けるだけで、成長も活躍もなく、それなのに絶望感がなく、笑うこともできないという状況に陥っています。元来チート主人公が原因で存在しえない絶望感を出そうと必死になり、ただメインキャラの扱いを悪くしています。一発ネタの構造のまま物語を描こうとして、歪みが生じています。

作者は
進撃の巨人は全く新鮮味を感じなかった」
と言っていましたが、そんな作者が現状『進撃の巨人』を上回る優れた脚本を描けているとは思えません。
この作品の脚本について考えると何故『ONE PIECE』の「アラバスタ編」、『NARUTO』の「サスケ奪還編」が読者に人気を博したのかわかります。それはメインキャラ一人一人が成長や活躍し意味のある存在として描かれるからです。噛ませ描写の多い『DB』でさえ、最後は元気玉を用いてキャラ達の存在に意味を持たせます。


ここまで述べたこの作品の状況を改善するためには
「メインキャラにそれぞれ近い実力の怪物と戦わせて撃破させる、(またはどうしようもない場合は相討ちさせる)」

この当たり前の表現を、より活用すべきだと思います。その上でチート主人公には彼専用の怪物を用意し、退治させればよいと思います。そうすれば王道少年漫画を意識した戦闘と、チートを互いに損なうことなく表現できます。
チート主人公に退治させる怪物の強さを事前に表現したいならば、メインキャラを噛ませにするのではなく、他の怪物を噛ませにする、或いは格付けや周囲への破壊描写を用いる、という表現をより使えばよいと思います。

いつもメインキャラがそれぞれ怪物を撃破するのではワンパターンにならないか、と危惧する必要はありません。なぜなら最初からこの作品はワンパターンだからです。不快なワンパターンよりキャラが成長していくワンパターンの方がはるかによいと思います。

読者がキャラの成長を最も実感するのは、「障害を乗り越えた時」すなわち「怪物を自力で撃破した時」だと思います。客観的事実としての成長、「勝利」が必要です。小さな成功を積み重ね、大きな成功を導く事こそが最も重要です。作者が本当にメインキャラの成長を描きたいならば、この点に関しては奇をてらうべきではないと思います。


(2)遅延について

作者はこれまで商業版のネーム執筆を頻繁に遅らせてきました。以下は作者のそれについての発言です。

・ワンパン更新延期自分のせいです!すいません! (2016年7月1日)
・ネームがものすごく遅れました 申し訳ありません… (2016年9月16日)
・更新延期について僕のネームが遅れているのが原因です 申し訳ありません しっかり進めますのでもうしばしお待ちください (2017年3月23日)
ワンパンマンお待たせしてすみません!いまネームあがりました(となジャン版) (2017年7月9日)
・となジャン版ワンパンのネーム今あがりました 毎度ネーム遅くてリメイク版の読者にも申し訳ありません 今月からペース回復がんばります (2017年9月6日)

ネームが遅れても作者が何も言わなかった時を含めると、遅延の回数はさらに多いです。加えて私が驚いたのは、ネームを頻繁に遅らせてきたにも関わらず、作者が2017年1月に商業版を放置して原作版を更新したことです。
単行本を買っている多くの読者への責任を放棄している状態で、アニメの続編を作るという状況で、本当にすべきことだったでしょうか。

もしアニメの続編が、期間が空きすぎたことや脚本の問題から失敗するとすれば、その一因は作者にあると思います。何億円もの資金と多くの人材を投入し作られるコンテンツが、原作者の脚本と遅延によって崩壊し「オワコン」と呼ばれるようになるならば、関係者の方々に同情します。

今後は商業連載を優先させるべきです。作者はよく作品の中でキャラに「まともな大人になれ」と説教させていますが、まず作者こそがまともな脚本をまともなペースで連載する、商業作家としてまともな大人になるべきだと1年前に感じました。



その他、詳しい批判はこのツイート内で書きました。これで終わります。